EPA原産地規則にも使われているHS、
なぜ、どのように改正されるのだろう?
はじめに
EPAを活用し、EPA特恵関税を適用して輸入する企業や、EPA締約輸出先に対して輸出する産品が日本の原産品であることの証明書等を提供する企業のご担当者にとって、原産資格の判断及びこうした手続きは場合によっては結構厄介であると感じている方もあるかと存じます。また、仕方がないことではありますが、EPA締約時に発効しているHSによりEPA特恵関税の譲許表、原産地規則(関税分類変更基準)の実質的な内容が現行のHSと異なることとなる品目もあり得るため、そのフォローも面倒と思われることもあるかもしれません。
これまでに日本が締結した21のEPA(FTA等を含む。以下同様)で適用されるHSは、日シンガポール協定では2002年1月1日発効のHS(HS2002年版という。以下同様)によることとなっており、HSは以降5年おきに改正され、それぞれ2007年版、2012年版及び2017年版のHSが各EPAの締結時に適用されるものとされています。今次のHS改正は、予定通り来年2022年1月1日から発効し、同日以降輸出入申告される貨物について適用されることとなります。
これを機会に、なぜ原産地基準が各協定によって統一的でないのであろうか、といった問題は別の機会に譲るとして、協定の締約年により適用されるHSのバージョンが異なり、そのマネジメントも大変と思われる向きもある中、HSの発効、改正の頻度、改正理由、また改正の手続き等について、筆者の過去の職務における経験(許される範囲内)も含めて紹介したいと思います。(なお、内容はあくまで筆者の個人的見解等であり、必ずしも現在の、及び過去所属していた組織・機関の公式見解というものではありません。)
1.HSの発効手続と発効に係る関連作業
ご存じの通りHS条約(商品の名称及び分類についての統一システムに関する国際条約。統一システム(HS)は同条約の附属書である品目表をいう)は、1988年1月1日発効しましたが、その開発には10年の歳月が必要でした。
当初1987年1月1日の発効を目指して各国懸命の作業をしてきましたが、結局条約で定める発効要件を満たすことは難しいと判断し、急遽改正議定書を採択して、少なくとも17か国・地域が署名し、又は批准書若しくは加入書が寄託された後(すなわち、締約メンバーが17か国・地域となった日)から3か月を経過した後の1月1日から効力を生ずるとされました。日本は、先進国(EC、米国、カナダ等)のうち真っ先に加入書を寄託し、その後ECも加盟して、HSは予定通り1988年1月に発効しました。米国は加入が遅れて、1989年1月1日からHSを採用しています。
なぜ、当初の予定よりも発効が遅れることとなったか。大きな理由の一つは、当然ですが、各国とも、これまで使っていたCCCN(関税協力理事会品目表)、その他の自国の品目表に基づく関税率表、統計品目表、その他関税率表に関連した各種制度、手続関連(特恵関税の原産地規則、輸入公表、NACCSのシステム等)の改正が必要でした。特にGATTの関税譲許表(協定税率表)も全面改正が必要であり、そのため各品目の譲許税率を変えないように、自国の関税率表を組み替えなければなりませんでした。しかしながら、全ての品目について元の関税率表での税率が全く変わらないようにHS品目表による関税率表に組み替えるとなると、膨大かつ複雑な品目表となります。これを避けるため、HS改正前にHS品目表での貿易統計データも一定期間収集し、一定の貿易量に満たない品目はその税率を統合することなどにより、複雑多岐な関税率表となることをなるべく避ける努力もなされました。この統合の結果、統合された品目の譲許税率が結果として高くなる場合には、関心国(当該品目の輸出国)からGATT28条交渉が求められることとなりました。こうした全ての交渉が終り、新たな関税率表の改正案が策定されました。また実務面では、HSの解説書等(Explarantory notes等)の翻訳作業、実務関係通達の制定等所要の準備も並行して行いました。
当然、譲許表の改正は条約改正なので国会の承認が、関税定率法別表(関税率表)、関税措置法の改正は国会の議決が必要です。このほか、統計品目表、NACCSのデータの処理システム、他法令の改正、原産地規則等々については、政令、省令や、関係規則の改正が、その他通達等(関税率表解説、分類例規集、その他関係通達、事務連絡等)については全面改正が必要になるなど大変な作業でした。米国、カナダなどは日本、EC各国等が使用している関税率表(CCCN品目表ベース)とは全く別の品目表でしたので特に大変だったと思います(こうした準備の下、もし、17か国が揃わず1988年1月1日にHSが発効しなかった場合も、また大変です。このことについては、いつか説明する機会があればと思います。)。
2.HS条約の改正の根拠等
さて、そうして発効したHS条約ですが、その第7条(統一システム委員会の任務)第1項第(a)号において、特に、利用者の要請及び技術又は国際貿易の態様の変化を考慮し、望ましいと認めるこの条約の改正を提案する、と規定されています(条約の改正は、当然その附属書であるHSについての改正も含まれます)。
つまり、HS条約そのものに、HS品目表について、技術革新、貿易取引される品目の変化、その他の要請により見直しを行い、常にアップデートされたものとすることが盛り込まれた条約となっています。そのようにすることに各国が合意して策定された条約なのです。
3.HS改正の頻度等について
1988年4月に開催されたHS委員会第1回会合では様々なルールが決議されましたが、HS改正の頻度もその一つです。技術革新の著しい中、HSをこれらに迅速に対応すべくup-to-dateしていくことが重要であるとして、カナダの代表は2年ごとの提案をしましたが、日本は上記1.で述べた通り、GATT28条交渉並びに関税率表をはじめ関係法令の改正作業、その他円滑な改正HSの実施に向けた周知、研修等を考えれば5年のインターバルは必要と主張しました。結論は4年ごとの改正とされたと記憶しています。実は、改正のドラフトから発効まで4年間というのは、その改正HSの発効に合わせて国内関係法令等の改正、施行の準備をすることとなりますので、改正の規模にもよりますが、上記1.で述べた通り、結構厳しいものです。
HS自体の改正の手順は、HS委員会で各国からの改正意見をまとめ内容を検討のうえ、理事会に改正案を提案、それを理事会(WCO総会)が承認(採択)すると、直ちに事務総局長が各締約国・地域に対し勧告案を通告し、その日から6か月が経過した時点で締約国により改正の勧告が受諾されたものとみなされる(留保されないものに限る)こととされています。受諾された改正HSは、その改正勧告の通告が4月1日前になされた場合は、その通告の日の2年後の日が属する1月1日に、また4月1日以後に通告された場合(現在総会の開催時期は毎年6月下旬頃から7月初旬ごろなので、こちらに該当)には、3年目の属する年の1月1日に発効することとなっています(HS条約第16条第4項)。従って、今回の2022年1月に発効する改正HSは、2019年6月末頃の総会で承認され勧告されたということになります。各国は下準備はしているとしても、正式に改正勧告が受諾されることとなるのは2019年の12月頃なので、この改正HSを国内でタイムリーに発効するには、約2年間のうちに必要なGATT28条交渉を終え、法律改正の起案、国会審議を終えなければなりません。通常国会の開催時期を考えれば、2021年早々には国会に上程しなければならないと考えると、こうした準備をするための期間はさらに短く、実質わずか1年半程度です。
過去の改正を振り返ってみると、第1回の改正は、HSが発効した4年後の1992年1月1日(1992年改正HSという)でした。この改正は、HS 起草時に、HSの解釈等において文言の修正が必要であるとされていたものにかかわる改正がほとんどであったため、規模はさほど大きなものではなく、比較的スムーズに行われました。
次の改正は、同じくそれから4年後の1996年改正です。この改正内容については、日本からフロンガス等、オゾン層破壊物品の国際取引の実態をモニタリングするためにも必要であるとして、第38.24項の細分の設定等の提案も含まれていました。
次の改正のタイミングはその4年後となる2000年改正の予定でしたが、当時、WTOの非特恵の原産地規則のドラフト作業がWCO及びWTOにおいて始まっていました。実は京都規約にも原産地規則の章がありますが、WTOの原産地規則の策定作業との整合を考え、改正京都規約の原産地規則章はペンディングのままその作業を終えました(作業を開始してから実質作業は、3年足らずというスピードでした。改正京都規約についてはまた稿を改めたいと思います。)。
実はこのとき、HSの改正作業も、この非特恵原産地規則のドラフト作業に関する進捗状況の影響を受けることとなります。説明するまでもなく、原産地規則とHSは綿密に関係するため、非特恵原産地規則策定作業の内容と必要な調和を図ることにも配慮し、これまでのHSの改正のペースを遅らせた経緯があります。結局、当時はまだWTOの一般原産地規則は出来上がらないまま、EPA・FTAが盛んに締結され、それぞれのEPA特恵原産地規則が協定間で不統一のまま定められた状態で、現在に至っているのはご存じの通りです。
こうしたことから、同改正はこれまでに比べ2年遅れの2002年1月の発効となりました(同改正案の承認は1999年6月のWCO総会)。この改正では、デジタルカメラ、廃棄物等の分類の明確化等が行われました。
それ以降の改正は、5年ごとに行われ現在に至っています(5年ごととなった理由は定かではありませんが、第一回HS委員会で日本が提案した通りとなっていることは、当時担当した者としてはうれしいことです。)。
続く2007年改正では、マグロ、農薬、ハイテク関連機器等に関する分類の明確化のための措置、ロッテルダム条約関連物質の細分の新設等が含まれています。また2012年改正では、特定動植物、海洋資源(魚類等水産物)に関する細分が数多く設けらました。これらは主にFAO(国連食糧農業機関)によるこうした物品の国際取引の実態を把握するため必要があるとして提案されたものですが、例えば食用に使われる種類のクラゲの細分なども含まれています。このほかリチュームイオン電池、バイオディーゼルの定義の明確化、おむつ等の衛生用品等の分類変更が行われています。
4.見直しの基準はあるのか
HS発効後の最初の改正は、先に述べた通り、HSのドラフトに盛り込むのが間に合わなかったもので、HS作業部会、HS暫定委員会により、すでに分類の明確化のため改正が必要として、その案が策定されていたものが主でした。例えば、ライ麦と小麦のハイブリッドであるライ小麦(1008.60として新設)などです。当時、ライ小麦なるものが輸入され、小麦は国家貿易品目であり、IQ品目、ライ麦は自由化品目であったため、いずれに分類するかで輸入制度上の取り扱いが違い、行政判断に苦労したことを覚えています。
先に述べた通り、HS条約で、HSは世の中の技術革新、国際貿易の態様の変化等に対応すべく、見直していくことが盛り込まれています。
そのポイント、見直しの基準は、おおむね次のようです(2012年改正当時)。
① 貿易量(額)の増加による項又は号の新設:国連統計部(UNSD)からの輸入データベースに基づき、項は年間1億米ドル、号は5,000米ドルを超えるものは、新設の対象として検討する。
② 貿易量(額)の減少による項又は号の統合:それぞれ、上記と同様の額以下の品目は、統合の対象として検討する。
ただし、次の点に配慮する。
・ 社会的、環境的に重要な物品
・ 発展途上国にとって重要な物品
・ 「その他のもの」が分類されている項(貿易量が少ないといって単純に削除するわけにいかない)
・ 締約国から維持の要望があり、承認されたもの
5.改正の提案はどのように行われるのか
HSの改正に関しては、HS条約第16条に規定されています。少し実務的な話になりますが、HS委員会の日本代表を担当する財務省関税局業務課が中心となり、局内で、また各関係省庁(関係省庁は、必要に応じあるいは前もって、所管する関係業界からの意見を聴取し、検討・取りまとめたもの)や、税関、関係団体等からの改正の要望や意見を取りまとめ、関係各省と必要な調整をしたうえ、WCO事務総局あて文書により提案します。事務総局は、こうした各メンバー国からの改正提案のみならず、例えば国連、WTO等の国際機関からの改正要望等もピックアップし、HS見直し小委員会(HSRSC)に諮ることとなります。
WCO事務総局の担当部局で、これらを取りまとめ、HS見直し小委員会で検討するためのドキュメントを作成、各締約国に配布するとともにHS見直し小委員会を招集、内容を検討します。同小委員会においては、上記の改正理由等から改正の必要性、妥当性等も含めて検討します。改正する場合、貿易統計の連続性を損なわないように工夫しつつ、項及び号の番号及びそれらの規定の表現を検討し、改正案(新旧対照表を含む)を策定します。これらはHS委員会に諮られ、更に必要な議論、調整を行い、最終的に採決により、HS委員会として改正を起案、WCO理事会(総会)に上程します。改正案が、理事会において各国の合意を得て承諾されれば、理事会が各締約国に対し改正勧告(事務総局長から各締約国あてに改正勧告を通告)することとされています。繰り返しになりますが、その日から6か月以内に反対の意見がなければ、各国が改正案を受諾したものとみなされます。仮に改正案の一部について留保する旨の締約国からの意思表示がなされた場合は、その部分を除くすべての改正案が受諾されたものとみなされる扱いとなっています(2022年版は、すでに述べた通り、その改正案は2019年6月のWCO理事会において承認されたものです)。
【改正の流れは以下の通り】
1.見直し作業(2022年版のケースとして)
2014年6月総会以降2022年版改正作業のサイクルスタート
各国の提案を踏まえ事務局がドキュメントを作成⇒HSRSC(HS Review Sub-committee:HS見直し小委員会)で 検討(改正案)⇒HS委員会で検討し最終的にHS委員会で採決(3分の2以上の多数決)により改正案を起案 ⇒2017年6月理事会で議論・承認 ⇒各国代表宛て勧告(6か月後に受諾・確定)⇒2022年1月1日発効
2.各国の作業(日本の例)
上記により、改正勧告を受理・6か月後(2017年12月末頃)確定⇒直ちに自国の関税率表等の改正案の策定作業(関税定率法別表、関税暫定措置法別表、譲許税率表の改正案、一般特恵原産地規則改正案、その他関係法令の改正案の策定)⇒法律改正案の関税・外国為替等審議会(関税分科会)の答申⇒国会に上程・審議⇒改正法律の成立。関係政省令の改正。
並行して、輸出統計品目表の改正、輸入統計品目表の改正、関係通達の改正(関税率表解説、分類例規集等)、NACCSコードの改正及びそれに伴う、データやシステムの修正等。
6.改正の結果HSはどのようになるのか
上記3.でも少し触れましたが、HSの重要な機能として、国際貿易統計の正確な分析が可能となるという点があげられます。従って、HSの番号については、極力変更しない扱いとしています。例えば、ある項の規定を全て削除して当該項に規定されていた物品は他の項に移されることで当該項は空になりますが、その項番号は基本的に再使用しないこととしています。例えば、14類は、2017年HSでは14.01項と⒕04項の2つの項しかありません。2007年改正で、かつての14.02項と14.03項は削除され、当該項に規定されていた物品は、14.04項にまとめられました。ご存じの通り、通常の法令の条文は(多くの場合表の中の項についても)、削除した場合、「(削除)」として残しますが、HSの場合、このようには記述していません。全体としての項の数も削除された分少なくなります。
改正によって項が削除され、その品目が他の特定の項に移ったものは、その移転先で号として特掲される場合もありますが、貿易量が少ないため統合されるものの場合は、多くは末項の「その他のもの」に落とし込まれます。
他方新設された号については、その逆で、多くの場合末項のその他のものから、それぞれその上の項(号)に特掲されることとなります。また、改正内容(趣旨)によっては他の類の項の下の号として新たに加えられる場合もあります。例えば、2017年改正の第3類の生きている魚等の6桁の号細分が新設され、その他のものから、同じ属の魚が分類される項に移され新たな号が数多く新設されています。
いずれにしても、これらは条約の改正であって、特定の物品の分類変更とは概念が違います。実際は物品の分類変更ではあるのですが、HS改正の場合は、受け皿の大きさ(項のスコープ)の変更です。他方、日常の業務で「分類変更」という場合は、同じ品目表(例えばHS2017年版)で、項の規定は変わらないのに、その項の規定の解釈を変更して、これまである項に分類されていた特定の物品が、実は他の項に分類されるべきであるとして、当該特定の物品の属する項が変更される場合をさします。すなわち、「これまでの項の規定の解釈と適用が誤っていたため、より適切な項に分類する」といった場合です。頻繁に起こっては困るのですが、例えばHS委員会で、個別の特定物品の分類を議論し、その結果、これまでの自国で分類していた項ではなく別の項に分類すべき物品であると結論付けられた場合に起こります。この点に関して、なぜ一つの物品について、輸出国と輸入国でHS分類が異なるようなことが起きるのか、どのように解決するのかという点等については、改めて解説したいと思います。
【文責:宮崎千秋】